君がいない日々生活毎日は僕は越えられそうにないから歌詞。 「君がいない日々生活毎日は」おさるのうたの歌詞と声がカップル写真にマッチしててエモい

「君がいない日々生活毎日は」おさるのうたの歌詞と声がカップル写真にマッチしててエモい

君がいない日々生活毎日は僕は越えられそうにないから歌詞

うれしさも悲しみも 大切な思い出も のこらず輝いて あすを照らしてる すみわたる陽がそそぐ ふるさとの風景に また会えるその日を つよく信じて いつかこの海をこえて 僕たちは舟をだそう 出会いにあふれる ひろいひろい世界へ いまも心にひびく 友の言葉を胸に 希望の道をすすもう るり色の海へ 夕凪と朝焼けが なんどくりかえしても 眼をとじればそこに なつかしい笑顔 いつの日もそばにいる たとえ離れていても だから前を向いて 歩んでいこう いつかこの海をこえて 僕たちは舟をだそう 手と手をむすんで 信じあえた日々を いつも心に抱いて 夢の灯りをともし 希望の道をすすもう るり色の海へ 1.奇跡の《地球星歌》 《いつかこの海をこえて》という合唱曲があります。 この歌は、岩手県にある釜石市立釜石東中学校の生徒の皆さんと一緒に作ったものです。 釜石東中学校は、太平洋を望む海辺にありました。 市の北部の鵜住居(うのすまい)地区という所です。 すぐ近くには、夏になると海水浴客で賑わう根浜海岸という美しい砂浜がありました。 ところが2011年3月11日、激しい地震の直後に襲った津波が、校舎の3階にまで押し寄せたのです。 この中学校では、日頃から津波を想定した避難訓練を徹底して行っていたことが幸いしました。 生徒はすぐに学校から高台に避難し、全員の命が助かったのです。 避難する際には、隣の小学校の児童たちの手を引いて逃げたといいます。 そしてこの出来事は当時、「釜石の奇跡」として、全国的に有名になりました。 とはいっても、その日学校を休んでいた生徒さんの中に亡くなった方がいますし、生徒さんたちの7割が自宅を流されました。 大切なご家族を失った生徒さんも多くいるのです。 ご縁があって、そんな生徒さんたちと一緒に歌を作ることになりました。 きっかけは、「かまいしの第九」という、たいへん歴史と伝統のある音楽会。 釜石では毎年、師走になると第九の演奏会が行われてきました。 市民参加のオーケストラによる第九が、年末の恒例行事となっていたそうです。 演奏会には地域内の中学校が年ごとに順番で出演し、生徒の皆さんがオーケストラの伴奏で校歌や合唱曲を歌うコーナーもあったとのこと。 ちょっとぜいたくな、素晴らしい試みですね。 2011年は、釜石東中学校が演奏会に出る順番にあたっていました。 そして今回の参加に際し、学校では大きな目標に挑むことにしていました。 それは「生徒全員が第九の合唱に参加する。 しかも原語であるドイツ語で歌う」というもの。 ちょうどそんな折に、あの地震が来たのです。 震災のあったその年は、誰もが中止になることを予想しました。 しかし演奏会に関わる人たちは大変なご苦労のなか、「こんな時だからこそやろう!」「この演奏を、支援してくれた世界中の人たちへの感謝のアンサー・コーラスにしよう!」という鉄の意志で実現させたのです。 そして12月。 釜石東中の全校生徒は見事に第九をドイツ語で歌いました。 そして第九の前に、《地球星歌》も歌ってくれたのです。 オーケストラの壮大な伴奏と全校生徒による合唱。 のちに僕はその録音を聴くことになるのですが、それはあまりにも感動的な、魂の音楽ともいうべき凄い演奏でした。 演奏会の様子を現場で録音していたラジオ局・エフエム岩手の三嶋豊さんは、この音源をなんとしても地球星歌の作者に聴かせたいと思ったそうです。 僕は岩手から、一通のメールを受け取りました。 それが最初のご縁となり、そこから急に、いろいろなことが決まってゆきます。 まず、僕たちアクアマリンが彼らの学校を訪れ、コンサートをお届けすることになりました。 そしてもう一つ、その日までに僕が生徒の皆さんの想いを集めて歌を作り、コンサート本番でSachikoが歌って披露することになったのです。 2.釜石東中学校のこと 2012年3月12日、僕とSachikoは釜石を訪れました。 海辺にあった釜石東中学校は津波に破壊されてしまったので、生徒さんたちは市内の釜石中学校に「間借り」する形で学校生活を送っていました。 そこに伺い、体育館でコンサートを行なったのです。 僕はピアノが弾けないほど極度に緊張していましたが、生徒さんたちはとても明るく元気に迎えてくれて、本当に救われました。 コンサートを行なう前に、先生がたが僕たちを被災した校舎に連れて行ってくださいました。 そして建物の中を案内してくれたのです。 そのとき見たものは、一生忘れることはないでしょう。 釜石を訪れた日、震災から1年と1日が経っていました。 しかし、被災した校舎はまったく手付かずの状態で当時のまま。 となりの小学校の窓には、軽自動車が頭から突き刺さったままになっているのが見えます。 震災から1年も経ってまだこんな状態では、復興にはいったい何十年かかるのだろう……。 そんな重い気持ちになったのを覚えています。 3階まで津波が達した校舎は、窓ガラスがすべて割れ、床には海の泥が厚く堆積しています。 机もイスも散乱し、ほんとうにひどい光景でした。 いちばん衝撃的だったのは音楽室です。 泥だらけのグランドピアノが逆さになり、大きな蓋の板が外れて教室の反対側に転がっていました。 そこで音楽の松村敦子先生がこう言ったのです。 「うちの生徒たちは本当に歌うことが好きでした。 ミマスさんの曲も大好きで、この音楽室で《地球星歌》や《COSMOS》を元気に歌っていたんです……」 僕は涙が止まりませんでした。 窓の外に目を移すと、彼らが住んでいた鵜住居地区が見えます。 津波によってひとつの街がすべて流され、何も見えない荒れ地がどこまでも広がっています。 僕はほんとうに、そこに向かって手を合わせ頭を垂れることしかできませんでした。 今もときどき、《いつかこの海をこえて》を歌ってくれている合唱団や学校にお招きいただいて、作者としてお話しすることがあります。 曲を作った経緯についても話すわけですが、このときに見た光景を話す段になると、いつも必ず胸がいっぱいになり、心臓が痛くなって足が震えてきてしまいます。 震災から5年以上たってもそれは変わりません。 3.海、そしてフェルマータ 歌を作るために、音楽の松村先生は生徒さんたちにこんなアンケートをとって送ってくださいました。 「どんなことでもいいので、いま感じていること、思っていることを、素直な自分の言葉で書いてみましょう」。 回答の中には、「黒い海」「行方不明」といったものもありました。 そんな言葉に触れるたび、激しく胸が痛みました。 周囲の親しい友人にも言えない、押しつぶされそうな胸のうちを吐露してくれた子もいます。 みんな、壮絶な体験をしたのです。 しかしその反面、彼らの多くが書いていたのが「感謝」や「希望」といったキーワードです。 僕はやはり、希望の歌にしようと思いました。 今から何十年後、大人になった彼らが幸せな人生を送り、美しさと賑わいを取り戻した故郷で、大切な人たちと一緒に海を見つめている……。 そんな風景を描きながら、願いながら作っていったのです。 当然、彼らの住む「鵜住居 うのすまい 」という町の名を歌詞に入れたいという声もありました。 でも僕にはそのとき、この歌がいろいろな所で歌ってもらえるようになるのではないかという、予感があったのですね。 特定の地名を入れると限定的になってしまう。 でも、この歌が彼らと一緒に作ったものだという証拠は残したい。 そこで、ひとつのアイディアを試すことにしました。 作詞をする前に、各行のアタマの文字が「鵜住居で生きる、夢いだいて生きる」となるように文字を並べて、その文字からそれぞれの行の言葉が始まるようにして作詞ができないか、やってみたのです。 この試みは実にうまくいきました。 その仕掛けを知らずにこの歌を歌ってくださる人も多いと思います。 そんな方も、無意識のうちに彼らの故郷の名を口にし、応援してくれていることになるのです。 しかし、ひとつだけ最後まで迷った重大な問題がありました。 それは「海」という言葉です。 津波で大切な人を亡くした方にとっては、「海」は聞くたびに辛い気持ちになってしまう言葉かもしれません。 一方で、「海」を歌詞に入れたいという声も多かったのです。 僕はどちらかに決めなければなりませんでした。 もし「海」を入れなかったらどうなるか。 それを考えてみました。 答えはすぐに出ました。 生徒さんたちは、生まれてからずっと海のそばで、海を見ながら、海と一緒に生きてきたのです。 これからも海と共に生きてゆくのです。 そんな彼らの幸せな未来を願う歌に「海」が無かったら、明らかに不自然だと思いました。 当たり障りのない、無難にまとめたものを作ることが自分の役割ではないと思いました。 これは賭けなのだと思いました。 僕は、彼らが乗り越え、幸せな人生を実現し、美しい故郷の再建を果たす、というほうに賭けることにしました。 そして、どうせ入れるなら、コソッと入れるのではなく、いちばん目立つ所に置かなければならないと思ったのです。 この歌の楽譜に、「フェルマータ」という音楽記号が一度だけ現れます。 何度も躊躇して、意を決して楽譜にこの記号を書いたときは手が震えました。 このフェルマータこそが、僕がこの歌に込めた願いの全てだと言って過言ではありません。 もしもこの歌を歌ってくれる人の中に、歌詞によって辛い気持ちになるという方がいたら、僕は本当に申し訳なかったと謝るしかありません。 実際に、泣き崩れて歌えなくなった生徒さんがいたという話も聞いています。 今でも年に一度ほど、釜石を訪れる機会をいただきます。 一緒に歌を作った生徒さんたちはとっくに卒業して、高校生や大学生、社会人になっていますが、在校生の皆さんがこの曲を歌い継いでくれています。 彼らは若いです。 でも、とてもしっかりした大人です。 何かのセレモニーなどで発言の機会を与えられると、必ずいちばん最初に、震災のときに支援をしてくれた日本じゅう世界じゅうの人たちへの感謝を述べます。 僕はそんな彼らを心から尊敬しています。 この歌を歌ったり聴いたりしてくださる方にひとつだけお願いしたいのは、その3分間のあいだ、ぜひ彼らに想いを馳せてほしいということです。 「彼ら」とは、釜石だけではなく、被災した全ての街、全ての学校にいます。 未来に向かって、さまざまなことに励んでいる彼らに思いを馳せてほしいです。 僕のような立場の者が言うのもおこがましいのですが。

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【コブクロ】新曲「晴々」歌詞の意味は?20周年記念ソング!

君がいない日々生活毎日は僕は越えられそうにないから歌詞

僕の長年の友人であり、音楽仲間でもある佐藤哲也君のブログ。 20代の頃はハードなギターを弾いていた彼でしたが、30代半ばで突如インドに留学し、北インド古典音楽を学び帰国。 現在はプロのタブラ奏者として活躍中です。 DYNAMITEの小学校時代の幼馴染にして、未だに同じバンドの相方でもある才人・ウンベルケナシ君のサイト。 僕が日頃より作詞、ジャケットなどで常にお世話になっているのが彼ですが、こちらのサイトでは映画、小説、音楽、漫画などのジャンルにて、ウンベル君ならではのカルトな考察が楽しめます。 ブログを通じて幸運にもお友達になれました管理人のmasato様は、かつてイカ天に出演、伊藤銀次さんより「ベスト・コンセプト賞」を贈られた"DELIC"のバンドマスター。 こちらのサイトでは、あの懐かしいイカ天出演曲の他、masato様の多くのオリジナル曲を試聴できます。 僕のイチオシはDELICの1曲目「見慣れた街角で」。 80年代ジュリーナンバーを思わせる名曲です。 銀次さんは、必ずDELICを覚えていらっしゃると思いますよ!• タブラ奏者にしてギタリストの友人・佐藤哲也君・・・出逢った頃からとにかく凝り性な男でしたが、数年前から息子とクワガタを育てているうちに彼自身がクワガタに嵌ってしまい、今やクワガタが生活の中心に・・・彼のこの昆虫ブログは、全国各地の同志達の来訪で日々賑わっているようです。 from『GS陽気なロックンロール』、2019 1. GS陽気なロックンロール 2. 微笑の彼方へ 3. あの日の小道 4. 君は僕のすべて ---------------------- あっという間にもう10日ほど過ぎてしまいましたが・・・去る12月8日、瞳みのる&二十二世紀バンドLIVE2019『音音楽楽、人種・国境・時代を越えて!』四谷区民ホール公演に行ってまいりました~! 生のLIVEは9月のジュリーの『SHOUT!』ツアー八王子公演以来、さらにバンド・スタイルのステージとなると昨年の瞳みのる&二十二世紀バンド、四谷公演以来。 個人的には仕事のバタバタからある程度解放されたタイミングでもあり、本当に「無」の気持ちで純粋に音楽に身を委ねることができました。 開演前にはピーファンの先輩方とお茶を同席させて頂き、11月六本木でのタローさんのLIVEで実現した「ほぼタイガース」の様子を伺ったり、本当に楽しい1日となったのでした。 ブログの下書き時間がとれない今年は、例年のような全曲網羅のLIVEレポートではなく、セットリストから「この1曲!」をお題に選んでの簡単な振り返り記事とする・・・前回更新でそのように書いたのですが、結果「この2曲!」になってしまいました(笑)。 もちろん、四谷公演セトリの中で強く印象に残ったという意味でこれらが甲乙つけ難い2曲だったからです。 「GS陽気なロックンロール」 「君は僕のすべて」 いずれもピーさんが稲村なおこさん(二十二世紀バンドの初代キーボード)と共に今年リリースした新曲で、それぞれ新譜CDの1曲目と4曲目に配されたピーさんのオリジナル・ナンバー。 実は、今年ピーさんのこの新譜が出たことは知っていたのですが、買おう買おうと思っているうちに怒涛の日々に突入。 いざCDを購入したのは他でもない、四谷公演当日の開演直前、グッズ売り場でのゲットでした(そうそう、毎年楽しみにしているパンフを一緒に買おうとしたら並んでない!すわ、売り切れてしまったか?と思いスタッフさんに尋ねると、「今年は出来てないんですよ」とのことで、とても残念です・・・)。 つまり僕はジュリーの『Pleasure Pleasure』の初日と同じく、LIVE会場で新曲を初体感してから帰宅後改めてCD音源で復習する、ということをやったわけで、こういうのもまた良いものですな~。 記事お題2曲のうち「君は僕のすべて」についてはLIVEとCDではまったくイメージが違って。 それぞれの魅力を1日のうちに堪能することができました。 それでは、簡単にではありますがお題2曲についての僕の感想を書いていきましょう。 まず「GS陽気なロックンロール」。 新譜の収録4曲のうち唯一、作詞・作曲ともピーさん単独で担ったCDタイトルチューンです。 オフィシャルサイトで発売情報が解禁され楽曲タイトルを知った時、僕は「陽気なロックンロール」なる部分のみのイメージから、チャック・ベリーやバディ・ホリーに代表される、長調スリー・コード主体のいわゆる「オールディーズ」系ロックンロールの曲調、進行を漠然と思い描いていました。 ところがいざLIVEセットリスト1曲目、バ~ン!と始まったビート・ロック(イントロのドラム・フィルの瞬間に限ると、 「危険なふたり」が始まったのかと思ってしまったことをここで白状でしおきます笑)は意外や短調のメロディーと進行。 哀愁の泣きメロをして、ロックンロールだと歌うのです。 「あれっ、タイトルのイメージとは違うな」などと考えたのは僕の浅はかさ・・・NELOさんがゴキゲンなクロマチック・グリスをカマした時、ようやく「そうか!」と。 世代的に僕にはなかなか気づけないことなのですが、「陽気なロックンロール」の前に「GS」がついている意味・・・日本のGSはまず空前のエレキ・ギター・ブームから産まれたという歴史的事実。 つまりベンチャーズなんですね、この曲は(もちろんそれだけではないけれど)。 この日のMCでピーさんは 「エレキギターを持っていたらそれだけで不良と言われる、そういう時代でした」 とファニーズの頃を思い返していました。 ピーさんやリアルタイムGS世代の皆様にとって「ロックンロール」の原点、原風景は、ベンチャーズ流のエレキギターであり、短調のアフター・ビートなのですねぇ。 思えばピーさんは不在だったけど、80年代の同窓会期に「ザ・タイガースのシングル」を掲げてジュリーが作曲した「十年ロマンス」、タローさんが作曲した「色つきの女でいてくれよ」、いずれも短調のビート系でした。 それすなわち「GSに立ち返る」作曲ということなのでしょう。 ベンチャーズがロック黎明期の日本であれほどの人気を博したのは、哀愁感のある短調の旋律、進行を擁した代表曲が多く、当時の日本人の歌謡気質にも合ったからじゃないのかな。 「陽気な」の意味を僕は自分の尺でしか量れていなかった、とLIVEステージ1曲目から僕はしみじみと思い知らされたのでした。 その「GS陽気なロックンロール」は帰宅してから「そうそう、こういう曲だった!」とステージを振り返りつつCD音源を聴いたのですが、一方「うわ、LIVEとCDでは全然違う!」と感じたのが、「君は僕のすべて」です。 LIVEヴァージョンの方を今回の四谷公演で先に聴いて、「君は僕のすべて」に僕は「畳みかけるポップ・ロック・ナンバー」という印象を持ちました。 マーシーさんの跳ねるドラムスやJEFFさんの表拍の4つ弾きから、モータウン・ビートに近いノリも感じました。 しかしCD音源の方を聴くとこれが落ち着いたハート・ウォームなポップスで。 もちろんテンポ自体はLIVEと同じはずなのに、じっくりとメロディーを聴き入るタイプの歌、作曲者のKAZUさんの繊細な魅力が強く出たテイクだと思いました。 ここまで印象が違うのは何故か・・・アレンジや演奏面もあるけれど、一番はピーさんのヴォーカルではないでしょうか。 CDでのピーさんは、優しいメロディーを丁寧に歌っている印象。 それが四谷のLIVEでは、アンコール1曲目ということでピーさんのテンションが相当上がっていたことも含まれるのでしょうが、とにかく「我を忘れ、身を猛り、すべてを晒す」ような歌いっぷりに圧倒されたのです。 既にCDで曲を知っていたお客さんも、「えっ、こんなに激しい歌だったっけ?」と驚かれたのではないですか? ピーさんはステージでこの曲を歌いながら、あんなにも無心に、懸命に、何を伝えたかったのでしょう・・・。 ここからは僕の勝手な推測です。 この日のMCと他セトリ選曲でピーさんからいくつかのヒントが示されていたように思います。 まずは、某国会議員を穏やかな口調ながらも一喝したシーンが思い出されます。 「ロシアと戦争?おじいさんの時だけでもうたくさんだ」 とピーさんは言いました。 ピーさんのおじいさんはロシア出征を経験し、すんでのところで一命をとりとめたのだそうです。 「その時命を落としていたら、(ピーさんの)親父は生まれていない」 と。 またそのお父さんも先の大戦に出征、被弾して除隊となっていなければ南方にやられておそらく戦死していたであろう、そうなっていたらピーさん自身この世にはいないと。 そして 「子供を戦争に行かせるようなことはしたくない」 とピーさんは静かに言ったのです。 また今回のセットリストは「タイガース多め」で、久々に生体感となるいくつかの名曲が披露されました。 「落葉の物語」「割れた地球」「誓いの明日」などと共に「生命のカンタータ」が採り上げられたのはファンにとって嬉しいサプライズでしたが、では何故ピーさんは今、この曲を歌おうと思ったのか・・・。 今年の3月11日、ピーさんの息子さんが誕生されているんですよね。 ステージで躍動するピーさんは、もちろんお客さんに向けて「君は僕のすべて」だと歌ってくれているのだけど、表現者として、演者として「世の子供達」にそのシャウト、メッセージを捧げようと歌っているんじゃないかと僕は感じました。 子に捧げる親の思い・・・作詞の時点でそんなコンセプトがあったかどうかは分かりません(もしあったとしても、リリース時期から考えて息子さんが産まれる前の時点での作詞ではあったでしょう)。 ただ、歌詞カードに添えられたピーさんの解説によれば(ピーさんのCDにはいつも簡単な解説が記してあるのが嬉しい!)、「君は僕のすべて」はピーさんとしては初めての「曲先」の作詞作業だったそうです。 ピーさんはLIVEで選曲した中華ポップスに新たな日本語詞を載せる、ということをずっと続けていますから、オリジナル曲での初めての曲先作詞も違和感は無かったでしょうが、ジュリーが数年前に語ったように「メロディーが先にあった方がシリアスな詞のテーマを載せやすい」と言われますし、ピーさんが「生命の誕生」を曲先の作詞題材として採り上げた、と考えるのはタイミング的にも不思議ではありません。 そのコンセプトがステージで一気に開放された・・・僕はそんなふうに想像していますが、いかがでしょうか。 最後に、8日のステージについて少しだけ。 8 四谷区民ホール セットリスト 1. GS陽気なロックンロール 2. シー・シー・シー 3. シーサイド・バウンド 4. 勝手にしやがれ 5. エメラルドの伝説 6. YOUNG MAN(Y. ) 7. 吻別(キスして別れた夜) 8. 心太軟(君の心優しすぎ) 9. スタンド・バイ・ミー 10. サマータイム 11. マイ・ウェイ 12. 都会 13. 生命のカンタータ 14. 誓いの明日 15. 落葉の物語 16. 君だけに愛を 17. Sylvie My Love(銀河のロマンス) 18. 割れた地球 19. 美しき愛の掟 20. 怒りの鐘を鳴らせ 21. Auld Lang Syne~蛍の光 22. ラヴ・ラヴ・ラヴ ~アンコール~ 23. 君は僕のすべて 24. 色つきの女でいてくれよ (今年はパンフが無いので、僕の自力では中華ポップスのタイトルが分からずセットリスト全曲の明記は厳しかったと思います。 纏めてメールにて教えてくださったピーファンの先輩に感謝!) 例年よりタイガース・ナンバー多めの構成。 昨年に引き続き同窓会期のヒット曲「色つきの女でいてくれよ」が大トリで、ピーさんオリジナルの振付もすっかり定着しました。 4曲目の「勝手にしやがれ」は、あの「勝手にしやがれ」です(笑)。 ピーさんドラム叩き語り! 今年もヴァラエティーに富んだ楽しいステージでした。 各メンバーのパフォーマンスで特に印象に残ったのは ・ピーさん ヴォーカルについては先述の「君は僕のすべて」。 これに尽きます。 ドラムスはやはり「割れた地球」。 元々そういうアレンジとは知っていても、あのスネアのスリリングな変則打点は生で聴いてこその迫力。 オリジナルとは違う1拍目の頭打ちも時折飛び出しました。 あと・・・この曲は特にドラムの音それ自体がデカい! ちなみにバンド仲間の友人の話では「ドラマーにとって、音がデカいというのは最高の褒め言葉」なのだそうですよ。 もう1曲挙げるなら「誓いの明日」。 こちらは激しさよりも「細やかでテクニカルなドラムス」という印象でした。 曲後半のソロの安定感は、71年タイガース・ヴァージョンでの狂おしい乱打と比較すると感慨深いものがあります。 いずれもピーさんの本質で、どちらが優れているとは言えませんが、楽曲コンセプトに合っているのは現在の演奏ではないでしょうか。 ・JEFFさん 「美しき愛の掟」と迷いますが、今回は選曲のサプライズ感も併せ「生命のカンタータ」を挙げたいです。 この曲のベースは「生き物のように動き回る」と言われたビートルズ「ウィズ・ア・リトル・ヘルプ・フロム・マイ・フレンド」でのポール・マッカートニーのプレイへのオマージュ・アレンジで、僕の大好物。 JEFFさんは見事再現してくれただけでなく、サリーさんの低音コーラス・パートまで担当する見せ場の1曲となりました。 ・NELOさん 今や「タイガース・ナンバーのギターを弾かせたらこの世代で右に出る者なし!」というくらいNELOさんのギターはタイガース・サウンドに馴染んだ感があります。 ギターはどの曲も素晴らしかったのですが、加えて特記したいのが「怒りの鐘を鳴らせ」でのリード・ヴォーカル。 昨年まではこの曲、ずっとJEFFさんが歌っていたんじゃなかったでしたっけ? NELOさんの持ち歌としてセットリスト常連だった二十二世紀バンド版「ハートブレイカー」が今年の四谷公演では無く、「短調のハードなナンバー」繋がりということで、改めてNELOさんにこの曲が託されたのでしょうか。 ・はなさん 笑顔のオールラウンダーとして今年も大活躍。 僕が強く惹かれたのは「サマータイム」のオルガンです。 この曲って、普通ならジャズの雰囲気を残してカバーされるところ、二十二世紀バンドのヴァージョンは70年代ロック・テイストで、まずアレンジが新鮮。 その中でもまるでキース・エマーソンのような音色とフレーズで縦横無尽に走り回るはなさんのソロ・・・個人的にはこの日の二十二世紀バンドの演奏で最も感動させられたプレイです。 ・マーシーさん 今回僕は2列目の良席を授かりましたが(ピーファンの先輩が一緒に申し込んでくださいました)、ピーさんがドラムスを叩く曲ではマーシーさんの立ち位置が死角となりました。 昨年も披露されとても気に入った「心太軟」でのイントロのマラカスも、音だけ聴こえている状況。 ドラムセットに座っての演奏では、レスリー・ヴァージョンの「銀河のロマンス」が素敵でした。 昨年以上に素晴らしかったと思います。 ・Kenyaさん 後半のタイガース・コーナーから登場し、ギター・プレイ以外でもお客さんのスタンディングをリードするなど、今年の四谷も「飛び入りゲスト」ながら重要な役割を果たしてくれました。 大トリ「色つきの女でいてくれよ」のソロは今年もNELOさんではなくKenyaさん。 ゴキゲンな演奏でした。 MCでは、来年の公演も約束してくれたピーさん。 僕にとって二十二世紀バンドのLIVE参加はすっかり年の瀬恒例の行事となっていますから嬉しい告知です。 あと、来年は「明月荘ブルース」(だったかな?)という新曲のリリースがあるそうです。 もう音は出来上がっていてこれから歌入れなのだとか。 こちらも楽しみ・・・今度は音源をゲットしてからLIVEに臨みたいと思っています。 昨年も書いたように、二十二世紀バンドのLIVEはタイガース・ファンの皆様に自信を持ってお勧めできる楽しいステージです。 まだ参加されたことの無い方、来年は是非会場でお会いしましょう! この年の瀬にガッツリ寝込んでしまいました・・・お返事遅れて申し訳ありません。 四谷での久々の再会、感慨深いものがありました。 ひとまわり年上のYOU様が、相変わらずバイタリティーに満ち元気なオーラを放っているのを実感し、我が身を引き締めましたよ。 来たる2020年、少しでも御恩を返していきたいと思います。 諸々どうぞよろしくお願い申し上げます。 あ、ご心配頂いた五重肩はまだ治りません(汗)。 なんかもう慣れてしまいましたよ・・・。 四谷公演当日は色々と楽しいお話を有難うございました。 miyolin様もどうぞよいお年をお迎え下さい。 投稿: DYNAMITE 2019年12月25日 水 09時16分• 私にとっての「奇跡元年」は、管理人、メイ様の御好意から始まったと言っても過言ではありません。 優しく、面白く、センス抜群の筆致で描かれる、ジュリー最新の情報から昔懐かしいお話まで、ジュエル・ジュリーなサイト様(といいつつPEE MY LOVEなサイト様)。 見どころアリ過ぎ、ロッケン・ジュリーなサイト様。 管理人・keinatumeg様がジュリーを語る時、綴られた文章のその向うに、御自身のストイックな日常、そして北海道の勇壮な大地、美しい季節すら垣間見ることができます。 男性ジュリーファンかくあるべし、ヒューマン・ジュリーなサイト様。 ヴァイオリン奏者としての経験を生かした、オーケストレーション解説に脱帽!若手女子ジュリーファンの新旗手・あいら様お手製の箱に何が詰まっているかは、閲覧してのお楽しみ。 キャンディー・ジュリーなサイト様。 以前より目をかけて頂いておりました大先輩、かの様のブログです。 数々の素晴らしいブログさんを紹介して頂いたり、他では聞けない楽しい情報を日頃より満喫させて頂いております。 新規ファン必見!ステーション・ジュリーなサイト様。 「ジュリーナンバー紹介記事全曲完全網羅」という未曾有の大偉業を達成するとしたら、このお方!管理人・かぱーじ様がジュリーと共に歩む日常、ほぼ毎日更新なさっておられます。 その志、あやかりたし。 キングダム・ジュリーなサイト様。 ハートフル・タイガースなサイト様。 ジュリーの長い長い歌人生ががこの先どんな変化を辿ろうとも、ひとつところからジュリーと共に、日常と共にいつもそこにいらっしゃる・・・そう感じさせてくれる暖かく頼もしい先輩のお一人がaiju様です。 パッセージ・ジュリーなサイト様。

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映画『君の名は。』公式サイト

君がいない日々生活毎日は僕は越えられそうにないから歌詞

おはようーろんてぃー。 柚紗雪です。 今日は、ちょっと趣向を変えまして、 「自分らしさ」について考えてみます。 きっかけは、の質問箱でした。 我を通すことが自分らしいわけでもないですし。 周囲を気遣って一歩引くことが自分らしい人もいるでしょうし。 我を通すことが自分らしいわけでもないですし。 周囲を気遣って一歩引くことが自分らしい人もいるでしょうし。 直感で「嫌だな」とか「ないな」って思ったことを避けていけば「自分らしい」軌道に乗りやすいんじゃないでしょうか。 「自分らしくいるってなんですかね?」という質問に対して昨日書いた私の答えが上記のとおりでした。 ちょっと考えるのが楽しかったので、文字にしてもう少し長く考えてみることにしました。 技術の進歩が著しい現代、「自分らしさ」もとい「オリジナリティ」の必要性というか、そういったものが求められがちな気がします。 それが「自分探しの旅」を助長しているような…? 笑 就活の面接での「自己紹介」なんかも影響しているかもしれません。 きっと、明確な答えの出ない、この命題。 ~「自分らしさ」という言葉~ 「自分らしさ」をグーグル翻訳にかけて英訳してみると 「 personality 」(パーソナリティ) が出ました。 この「personality」を訳しかえすと、 人格・人柄・個性といった感じでしょうか。 英英で見てみると、 the combination of characteristics or qualities that form an individual's distinctive character. と定義されています。 これを和訳すると、 個人の特徴的な性格(キャター)を形作る、性質や特性の組み合わせ と言った感じ。 よく履歴書にある、「長所」と「短所」。 それがまさに自分の特徴ではないでしょうか。 そして必ずやらされる自己紹介 笑 ・好きなこと (嫌いなこと) ・得意なこと (苦手なこと) ・大事なこと (軽視していること) ・やれたこと (やれなかったこと) そこにはこんなことを書くはずです。 これって、過去の自分の思いの積み重ねですよね。 体育の授業で、バスケをやった。 楽しかった。 体育の授業で、水泳をやった。 泳げない。 この会社に入って、1年目からバリバリ働きたい!! 海外駐在もしたい!! そんなに毎日バリバリ働きたくない。 自分の時間、家族との時間、友達・恋人との時間のほうが大事。 何となく見えてきた気がしました。 自分らしさ=過去の自分の行動・言動を経て今の自分が思うこと まだ、断定はしません。 というか断定するものでもありません。 こういうのは、人の数だけ答え・考え・意見があるから楽しいのです。 次はちょっと視点を変えて。 ~「自分らしさ」と「個性」~ なんとなく似た言葉、「自分らしさ」と「個性」。 「あの人、個性的だよね~」と「個性的」でも使われますよね。 この違いは? 「個性」は他人・周囲と比較したときに、 違いとして認識されるもの。 だと思っています。 故に 「没個性的」という言葉がありますよね。 であるならば、やはり、 「自分らしさ」とは、自分の過去から導き出されるもの と考えられそうです。 じゃあ、次はちょっと趣向を変えて。 ~歌詞から「自分らしさ」を探る~ とある歌詞検索サイトで、「自分らしさ」で検索してみました。 そこでいくつかピックアップ。 ~「自分らしさ」とは過去の自分のかけ算~ これが私なりの答えです。 過去の自分の行動・言動の結果(思い)の一つ一つが自分の特徴。 それをかけ算すると、「自分らしさ」のコアな部分が見える。 ということは、 自分らしさは日々変わって行く。 ということです。 過去の自分のかけ算であれば、過去が積み重なると(未来に行けば)、かけ算の結果は変わってくるはずです。 ~自分らしさに気づく~ きっと今のあなたの物事の判断基準は過去のあなたの経験則に頼るところが大きいはずです。 だから、 「過去のあなた」の積み重ねである 「今のあなた」が思うまま、心向くままに 行動していけば、「自分らしい」道が出来ているはずで、 「未来のあなた」もきっとその道からそんなに外れずに歩いて行けるはずです。 そしてその道は、あなたの好き嫌い・得意苦手などのかけ算によってできるもの。 ということで、ひたすら抽象的でしたが、たまには楽しいかなと。 ~哲学と思考~ 題名に哲学しようと書きましたが、「哲学する」とはなんなのでしょうか。 思考するとは、対象についての情報を整理し、自分なりの視点で再構成する営みにほかならない。 「哲学する」とは、物事の意味を自分の知識と論理と言葉を使って再構成する営みである。 とりもなおさず、それは意味の創造にほかならない。 ビジネスエリートのための! 哲学 著 より 僕の好きな本からです。 自分なりの視点を越えて、それを自分の言葉と論理で言い直すことが「哲学」なのでしょう、難しいですね 笑。 実は、いわゆる「頭の柔らかい人」はこれが得意なのです。 そうやって、画期的なキャッチコピーを作るわけですね。 というわけで、 今の日本で言葉だけ独り歩きしている感のある、「自分らしさ」について考え、哲学してみました。 雨の日曜、不安感や、罪悪感、焦燥感、その他陰鬱な気持ちを頭の中からどかすように物思いにふけってみてはいかがでしょうか。 最後に曲や本を載せて終わります。

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